蘭
蘭と知り合ったのは去年の11月。友達のショウさんの紹介でアルバイトの面接を受けた。ショウさんはその仕事を同級生の蘭にも紹介していた。面接は同じ日だったので、ショウさんは「これから一緒にアルバイトをするから先に友達になりましょう」と、蘭のwechatをくれた。アイコンがかわいいうさぎちゃんなので、会うまでずっと女の子かと思っていた。面接の日、蘭に電話をして、まさか男性の声が聞こえるとはさすがに思わなかった。
「もしもし。こんばんは。今どこにいますか?」
「無印良品の近く。」
「……私も。なんだ!男の子なんだ!あっ、こっちこっち!」
目の前に黒い縁のメガネをかけている肌の白い男の子が近付いてきた。ちょっとシャイな感じ。声が小さかったからかな。
一緒に面接に行って、その場で契約をした。蘭は在留カードとかなんとかのコピーを準備していかなかったから、コンビニへコピーに行かなければいけなかった。家の方向と同じだったので、コンビニの近くまで一緒に歩いた。話してみたらまさか同じ武漢の出身だった。
「ここからまっすぐ行って、ガソリンスタンドのところに右曲がって、もうちょっと行って左のほうにコンビニがある。たしか。」
「たしか?」
「ごめん!そのコンビニ行ったことないから。がんばってね!」
「おい…!」
その時は、早く家に帰って勉強などしたかったから先に行ってしまった。心細そうな蘭を一人にしてしまった。ごめんね、蘭。
同級生だけど顔を見たことがない。日本語学校には先生の他に、日本人がいない。せっかく日本に留学しにきたのだから、やはり日本人の友達がほしい。ということで、私はいつも学校が終わったらできるだけ早く学校から出るようにしていた。いつも、日本人の友達と一緒に勉強したり遊んだりしていた。
アルバイトは週四、五回だった。その中で、時間が蘭のとかぶっているのは週三回ぐらいだった。休憩時間は、よく一緒に晩ご飯を食べたりしていた。さすが、同じ出身地だけあって、私たち二人は話が尽きなかった。おかげでシャイという印象がだんだん薄れていった。国の「橘片爽」(商品名、みかんの缶詰)が大好きなおばあちゃんと似ているとも言われた。さすがにおばあちゃんどのぐらい若いのか知りたかった。蘭がいるときのアルバイトは楽しかった。
私はいつも伊達メガネをかけている。アルバイトのときも。そうしたら、なんか自分らしくて安心感がでるから。ある日、アルバイト行くとき、伊達メガネがどうしても見当たらなかった。急いで出かけなければならなかったので、そのままバイト先へ行った。みんな一瞬、私が誰かわからないような顔をして、逆におもしろかった。その日、蘭もいた。彼はどう思っていたのかな。
いつも仕事から上がったら、蘭を待って、一緒にバイト先から出るようにしていた。その日も、仕事が終わって、帰る準備をしているとき、蘭がコートを着ていて、襟のうしろのところがおかしくなったのに気付いた。
「手伝ってくれる?」
「え?」
「ここ。」
蘭は鏡の前で首のうしろを指して私に言った。
「あっ、はい。」
手を蘭の首に近付けた途端、蘭は自然に、本能的に少し前のほうに首を傾けていた。避けるように。私、なんか調子に乗ってしまったのかな。やはり適度に距離を保ったほうがいいのかな。
あれから、仕事が終わったら、誰も待たず、すぐ一人で帰るようになった。普段学校が終わったときみたいに。
一人なんてちっともこわくない。もうとっくに慣れてきた。たぶん…
あっという間にクリスマスが迫ってきた。街はクリスマスらしい飾りであふれるようになった。あちこちでクリスマスのテーマ曲が流れていた。こんな賑やかな雰囲気の中、外国で一人暮らしの自分がなんかますます寂しく見えてきた。それまでの留学生活は、寂しくても充実していた。大好きな日本語を勉強ができて充実していた。
クリスマスの日もシフトが入っていた。蘭も、いつもより忙しかった。
「どっか食べに行かない?ほら、クリスマスだし。仕事も大変だったし。腹減っただろう。」
「…うん。いいよ。」
その日は残業をしたから、普段より遅く上がった。もう夜の11時ごろになった。バイト先は家からちょっと離れている。女の子一人であんまり遅く帰るとこわいし、家の近くに深夜営業のお店もなさそう。どうしよう。…あっ、そうだ!うちで食べたらいいじゃん!ちょうど最近簡単にできるおしゃれなお菓子を何回も作って改良してきたんだけど、まだ自分で創っているだけだから、みんなにシェアしたい。
「ね、うち来ない?料理してあげる!」
蘭はちょっと驚いたような顔をしていた。
「いいの?外食のほうがおいしいんじゃない?おごるよ。」
「手料理のほうがいいの!おいしいお菓子を焼いてあげるわ!…もうこんな時間になったしね。家に帰りたい。」
「…わかった。じゃあ、お言葉に甘えて。」
二人でスーパーに寄って、惣菜やデザートをいっぱい買ってしまった。蘭のおごり。なんとなく蘭が「手料理」をあんまり期待していないような感じがした。それとも、この私が作った料理に期待していないのかな。
「ただいまおかえり!」
「プ…自分で言うの?」
「しょうがないじゃん。一人暮らしだもん。どうぞ。」
「あっ、これだ!この匂い!」
いつも家を甘い匂いにしているからかな、自分にもその香りがついてきた。つい先日、アルバイトのとき、蘭に「いい匂いがしてるね。キャンディみたい。食いてぇな~」と言われたことがあった。
「言ったでしょう?家がこの匂いだからって。遠慮しないで、ここ座って。すぐできるからちょっと待ってて。テレビでも見ててね。」
惣菜をチンしながら素早くお菓子を作った。
「できた~!はい、どうぞ。」
「おお!おしゃれじゃん。…うまっ!お前も食って。」
「…おいしい~」
「これ、俺全部食っていい?」
「いいよ!どうぞ!」
うれしい。人に認められたら、やはりうれしい。来てくれてよかった。ありがとうね、蘭。
家のような静かなところで、ようやく蘭の声がはっきり聞こえてきた。うまく言えないけど、なんかこの声の中に「線」が入ってるみたいな感じがした。とにかくいい声だった。私は人の顔より声のほうが気になる人間だった。あれ以来、頻繁に蘭とWechatでやりとりをするようになった。
「バイト先のリーダーの中で、尾原さんが一番好きだ。つぼみは?」
「……柁原さんだよ。カージーわらさん。名前すらちゃんと覚えてないのに、よく一番好きって言えるね!あはははは~!…」
「……」
「明日池袋へ買い物に行こうと思う。付き合ってくんない?メガネをかけずに。」
「なんで?」
「あの日の、メガネをかけてないつぼみがかわいかったから」
…。これって、もしかしてデートのお誘い?どうしよう。いやいや。やっぱり私の勘違いなんかじゃない?そういえば蘭はうちにも来たことがあるじゃん。一緒にスーパーで買い物とかしたこともあるじゃん。うん。勘違い勘違い。普通に買い物するだけなの。きっと。
「ありがとう^^わかった。いいよ~」
「ありがとう。楽しみにしてる!その代わりに、俺もメガネかけないようにする。」
0コメント